最新デジタル技術を駆使したデジタルアートミュージアム、チームラボ ボーダレスは日本のみならずヨーロッパを中心に海外でも大きな話題を呼んでいます。
今回は、チームラボのサクセスストーリーの本質を紐解くため、Storymaker 代表のビョルン・アイヒシュテットがチームラボ ボーダレスを訪れました。チームラボのアイデンティティでもある「ボーダレス」という価値観、海外に向けた想いについて、チームラボのソーシャルブランディングチームの加藤 謙さんにお話を伺ってきました。
(聞き手:ビョルン・アイヒシュテット)
これまでの展示は主に日本人をターゲットにされていましたが、このデジタルアートミュージアムはボーダレスということで世界中の方をターゲットにされているという認識でよろしいでしょうか?
加藤さん:はい、その通りです。現状、来場者の約3割は海外からのお客さんです。この数字は、とても意味のあることだと思っています。例えば、オープンして1年経過した施設であればまだしも、海外ではあまり情報が出回っていない中僅か2カ月でこれだけの外国人観光客が来てくれていることには驚いていますし、大変光栄なことです。
これまでのイベントにおいてはオンラインでチケットを購入する際、日本語でのサービスしか行われていなかったと思いますが、今回のデジタルアートミュージアムに関しては英語で情報配信されていますね。それは、今回のテーマである「ボーダーレス」ということを意識して、英語での情報配信やチケット販売を行っていたのでしょうか?
加藤さん:はい、それはとても意識していました。特に今はチケットの売り切れが続いており、当日券の販売も行っていません(※8月取材当時の状況)。仮にインターネット販売を行っていなかったら、海外からお越しの方にわざわざ足を運んで頂いても観覧できない状況になってしまいます。それでは非常に残念なので、世界の誰もが同じタイミングでチケットを買える状況を整えることは非常に重要でした。
チームラボ ボーダレスを海外の方からどのように認知されたいと考えていますか?
加藤さん:チームラボは世界中で展示会を行っていますが、常設の展示会は今回の東京が初めてで、私達の代表作でもあります。観光客が東京を訪れるときに、必ず訪れてもらえる場所にしたいという想いがありました。この場所はエンターテインメントと捉えられることが多いですが、私達としては美術館という位置づけです。例えば、ニューヨークに行ったら現代美術館(MOMA)、パリに来たらルーブル美術館、ロンドンに来たらテート美術館というように、東京にきたらチームラボ ボーダレスに行く、となるのが私達の理想です。
「ボーダーレス」についての質問ですが、技術と自然のボーダレス、子供と大人のボーダレス、空間においてもオープンなものとクローズなものとのボーダレスといったものがありますよね。書かれた絵がデジタルで映し出されたり、空間自体は物理的にはボーダーレスではないにせよ、それを作り出すために鏡を用いるなど、至る所に「ボーダレス」な演出が見受けられました。これらの演出は、例えば二年後にまた訪れたら同じものを見られるのか、それとも全く違う空間を見ることができるのでしょうか?
加藤さん:作品自体を物理的に入れ替えることは一年に一つ二つあるかもしれませんが、基本的には物理的な建築を加える予定はありません。但し、同じ空間の中にも投影される作品は季節によって変わるようになっています。
例えば、滝の部屋に咲いている花は毎月違う花が咲くようになっています。夏はひまわりが咲き蛍が飛んでいたり、秋の収穫の時期には黄金色の畑と変わり、冬は雪景色を楽しめるので、季節によって見られるものが変化する可能性はあります。
このデジタルアートミュージアムは子供から大人まで年代問わず愉しめる内容となっていますが、作品の技術的背景の説明がほしいというような反応も多いと伺いました。そういった要望に対して今後は技術的な説明を加えていくのか、あるいは必要以上の情報発信・説明はしないのか、どのような方向性なのでしょうか?
加藤さん:当初は、まず世界中の人に見てもらいたいということがポイントになっていたので、文字を使わず、マップや決まったルートなどの説明的な要素が一切ない空間を作ろうと意識していました。その一方で、博物館のようにオーディオセットなどで細かい説明をあえて提供するという二つの極端な方向性があると思っています。
館内に入るとすぐに通路が3つに別れていたと思いますが、実はオープン当初は文字での案内はありませんでした。ですが、今は案内を付け加えていて、文字があった方がより人の想像力を掻き立てる、もしくは理解が深まることもあるので、お客様の反応を見ながら随時必要な工夫を施しています。チームラボ ボーダレスは、二カ月前に生まれた赤ん坊のような存在で、これからもっと良い方向に進化していくと信じています。
お客様の反応を見ながら変えていくとのことですが、説明的な要素がないとわかりにくいという意見は主に大人の方からきていて、子供はほとんど関係なく楽しめているということですね?
加藤さん:そうですね。特に大人の方は事前にウェブサイトで調べて、この作品をみたい・全部見てみたいということをすごく気にされているようです。一方で子供たちは、今、その瞬間目の前にある感動が重要な要素になっていると思います。
開始当初から、言葉を読めない子供や外国の方でも隔たりなく、感性だけで作品体験をできるように…と思って表現を追求していたものですから、文章要素は、私達のやりたいことから離れていく、つまり説明する場所になってしまうという懸念があり、説明を少なくしていきました。
デジタル技術に関してお伺いしますが、デジタル技術をこのような方法で再現するにあたって何が最も大きな課題でしたか?あるいは特筆すべき技術はどのようなものなのでしょうか?
加藤さん:様々なデジタル技術の融合でこのミュージアムは成り立っています。例えば、映像制作者、人を検知するセンサーを制御する人、建築や鏡の配置を考える人、音楽を作る人など。それぞれに技術的な課題はありましたが、美術館全体としては、ボーダレスということが大きな課題でした。例えば、館内を光のカラスが飛んでいますが、あの鳥は一つの部屋に居続けるのではなく、部屋を飛び出し壁を通って別の作品にも表れます。一つ一つの作品を完成させるだけでなく、作品を行き来するモノや要素が存在しています。全体を一つに整えて、気持ちの良い体験を作り上げるということが困難な点で、チームラボが初めて挑戦したことでもあります。
この美術館はチームラボにとって故郷であり本拠地のような位置づけでもあると思いますが、ボーダレスという概念はチームラボの一つのアイデンティティになっているのでしょうか?
加藤さん:私達のアイデンティティとして、ボーダーレスは非常に重要です。色々なバックグラウンドの方が集まって一つの組織を作りモノづくりを行っています。国籍も様々で、例えば花の絵を描いた人、それをコンピュータのアルゴリズムに落とした人、その部屋に向かうサインを作った人たちは皆すべて違う国籍です。
それから、もう一つボーダレスという概念が私達の重要なアイデンティティになったきっかけがあります。パリで「モナリザ」を鑑賞していた時のことですが、「モナリザ」は防弾ガラスで囲まれていて、その前に仕切りスペースがあり、柵の手前でたくさんの人がスマホを構えていました。私はそのスマホ越しで「モナリザ」を見たのですが、その経験が今でも大きく印象に残っています。「モナリザ」は人類の宝物なので、それで良いと思います。ですが、私達はデジタルテクノロジーでアートを作っているので、物理的な「故障」というものがありません。例えば、壁に投影された花を触ったからといって、花が壊れることはありません。そういう素材を使ってモノを作っているのであれば、「モナリザ」と鑑賞者の間にあった障壁を取り除くことができます。この考え方は私達がアートを作り始めた当初からありました。
例えば京都の下鴨神社での「糺の森の光の祭」アートプロジェクトも、もし私達がペンキで絵を描く人達だったら絶対に許されないことをやっていると思います。しかし、色や光を使っているだけなので、電源を切ってしまえばいつもの下鴨神社に戻ります。そのようなモノづくりを積み重ねていく中で、作品と作品の境界も、人と作品の境界もないものを作ろうというポイントにやっと辿り着いたんです。
現在はパリでも展示を行っていますし、次はヘルシンキでもチームラボ の展覧会が開催されると伺いましたが、今後は東京のデジタルアートミュージアムのようにヨーロッパでも常設展示を行う予定はありますか?
加藤さん:私達の作品は鑑賞者がどの国の人であっても楽しめるということがポイントだと思います。もちろん、ヨーロッパでも常設の展示会を作れたら嬉しいです。ただし、東京でこれを実現できたのは、私たちの力だけではなく、東京に魅力的な施設を作りたいと考えていた森ビルさんと協力できたからです。森ビルさんは、六本木ヒルズを作り、六本木ヒルズに森美術館という格の高い美術館を持っています。そしてこのお台場の大きな敷地に対して、文化を発信する場所を作りたいと考えていました。そういった背景がありますので、私達が常設の展示会を作りたいという想い、森ビルさんの場づくりへの想い、EPSONさんの投影技術など、素晴らしいパートナーの方々と出会えたことでこのチームラボ ボーダレスは成り立っています。
今回のヘルシンキでの展示開催においても、新設のアモスレックス(AMOS Rex)美術館のオープニング展覧会として呼んで頂きました。東京ほどではありませんが、大きな美術館での開催ですので、ここと同じ作品もご覧いただけます。ヨーロッパの方々にも、自分が書いた絵がアート作品に投影される経験をしてもらいたいです。
私が書いている雑誌の記事の読者たちは、東京に来るよりはヘルシンキに来た方が近いと思いますので、より多くのヨーロッパの方がチームラボ ボーダレスを体験できるようにヘルシンキでの開催も記事にしようと思っております。
加藤さん:ありがとうございます。
こちらこそ、どうもありがとうございました。
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